国東市図書館の高齢者・障がい者への本の宅配「グリーンバッグサービス」
図書館つれづれ [第122回]
2024年7月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

大分県国東市は、国東半島の東部に位置し、瀬戸内海の海の幸にも恵まれた場所です。国東半島の両子山から伸びる谷筋に添って形成された6つの郷「六郷満山」の寺院群は、古来の山岳信仰とあいまって、登山道や古道をつなぎ合わせた長い自然歩道を歩くロングトレイルが整備されています。

以前図書館システムのユーザーでお世話になった大分県国東市図書館(注1)の高齢者・障がい者への本の宅配サービス「グリーンバッグサービス」が全国版ニュースにも取り上げられ、一度は伺ってみたいと思っていました。そんなとき、友人の伴侶である林浩昭氏が「国東半島宇佐地域世界農業遺産推進協議会」の会長と知りました。世界農業遺産とは、社会や環境に適応しながら何世代にもわたり継承されてきた独自性のある伝統的な農林水産業と、それに密接に関わって育まれた文化、ランドスケープ及びシースケープ、農業生物多様性などが相互に関連して一体となった、世界的に重要な伝統的農林水産業を営む地域(農林水産業システム)をいい、国際連合食糧農業機関が認定します。国東半島宇佐地域は、クヌギ林とため池がつなぐ農林水産循環で、2013年に国東半島宇佐地域世界農業遺産(注2)に認定されています。

2024年3月、世界農業遺産のクヌギ林と6つのため池システムの見学も兼ね、高齢者・障がい者への本の宅配「グリーンバッグサービス」の詳細を知りたくて、国東市を訪れました。今回は、高齢化社会での連携のヒントになる図書館サービスの報告です。

松本智恵美館長のこと

松本館長と出会ったのは、2006(平成18)年の平成の大合併により4町(国見町、国東町、武蔵町、安岐町)が合併した後の2009年。役所のいろいろな部署を経験してきた松本氏が、2011年5月に図書館館長に赴任して最初にビックリしたのは司書の皆さんの姿でした。図書館内にはラフな格好でスリッパで働いている人もいたのです。「市民に奉仕する」をいつも心掛けていた館長は、まず、図書館がサービス業であることを説きました。そして、資生堂に勤める知人に「メイクアップ講座」をお願いしました。今なら、それこそ「不適切にもほどがある」と言われそうですが、決して媚びる必要はないけれど、最低限度の身だしなみをお願いしたのです。エプロンもエンジ色の素敵なのに替え、図書館の雰囲気ががらりと変わったのを覚えています。その後も人脈が広い館長はいろいろな仕掛けをしていくのですが、私との在職中の関わりは3年にも満たなかったのを今回知りました。それほどインパクトの強い館長だったのです。定年まで勤めあげ一旦は退職し、体調がすぐれなかった館長は2年ほど療養し、市民からの熱い要望があり公募で5年。令和5年再公募があり、今回も市民に推され、8月に就任し継続しています。

そして、コロナ禍での利用者減少に追い打ちをかけるように、人口減少による利用者減少が続く中、図書館内で待つのではなく、図書館の外に出ようと、今回の「グリーンバッグサービス」を始めました。ちなみに、国東市の人口は2023年2月末現在、26,117人、高齢化率43.01%と、高齢化が課題のまちなのです。

くにさき図書館「グリーンバッグサービス」

元々70歳以上の高齢者や障がい者への本の宅配サービスは2011年から行っていました。館長が図書館を離れる際に準備していた事業で、後任に託したサービスでした。とはいえ利用者の体調不良や入院などで利用停止も多く、2022年までの間に年平均15人程度の利用状態が続いていて、周知の方法を模索していたそうです。

宅配サービスは、利用者のリクエストや司書が選書した本を1度に10冊まで2週間に1度お届けします。伺った玄関先で何度も声をかけるも返事はなく、テレビの音は聞こえるので心配になり覗き込んだら寝ていただけということがありました。また、宅配時にはとても元気だったのに翌日急変して亡くなったときは、寂しいけれど、最期まで好きな本と向き合えて、このサービスをしていてよかったとの思い出もあるそうです。

そんな体験や気づきから、宅配以外に何かできないかと国東市広報アドバイザーに相談しました。協議の結果、利用者宅を訪問する際に見守り活動ができるのではということになり、関係する地域包括支援センターや福祉課につなぎました。何度も協議を重ね、貸出・返却で利用者宅を訪問する際に、生活状態や様子をチェックする簡単なリストを作成し、不安や異変があれば関係各課と連携する「グリーンバッグサービス」を実施。現在月に15,16名ほどがサービスを受け、地元の新聞や全国区のニュースでも流れました。関係する市役所の機関は、地域包括センター、福祉課に、保健師まで巻き込んでの事業となりました。

2週間に1回の訪問が、高齢化率の高い市だからこそ見守り活動の一助になっているのはもちろんですが、「長く市に貢献いただいた市民への感謝の気持ちを表したい」という松本館長の言葉に、高齢者はかつては市の貢献者だったことに気づかされました。

直営によるそのほかの図書館活動

市内に公共図書館は4館あります。図書館で働く人は、主幹の安部智美氏を除く26名が、館長含め会計任用職員です。市内の小中学校11校に配置される学校司書8名も公共図書館で採用されるので、市内のほかの館に異動する感覚で学校にも異動します。図書館事業には、子育て支援課と連携のブックスタートをはじめ、社会教育課主催の「夢さき体験スクール」と共同の親子クッキング、ケーブルテレビと共同の広報を兼ねた「ブックナビ」など、あまりに多彩な活動報告にビックリしました。特に、学校への本の貸出は手厚くて、学校司書の要望に応じて直接図書館で協議したり、電話・FAXもよく利用します。でも、一番大切にしているのはコミュニケーションで、だからこそ連携ができています。司書は、毎日自館の仕事をしながら学校用に想像を超える数の本を選び学校へ貸出しています。唯一の市職員の安部氏が、そんな皆さんを陰でサポートしています。学校やグリーンバッグサービスへの本の配送は、別途配送担当の職員3名が交代で行なっています。グリーンバッグサービスの届け先の利用者(特に男性)とトラブルになることはないのかとの質問に、届ける職員の安全を守りトラブルを避けるために、利用者には事前申し込みと面談を行った後にサービスを開始するとのこと。配送職員には、子育て経験など、緊急時に対応できる度量のある人を採用して、見守りに関する教育も行なっているそうです。

かつて学校図書館勤務経験のある友人は、「職員の仕事の負担の大きさ、グリーンバッグサービスや学校図書館への選書を通常業務のほかに行うのは大変なこと。ベテランのメンバーの剛腕に支えられているのかなあ」と感想を述べてくれました。同行したもう一人の友人は、私が訪問していた20年ほど前、この図書館の非正規職員でした。そんな彼女が当時、館長に「こわくない」「キツくない」「楽しい感じで」と指示され作ったポスターがまだ残っていました。

今となっては古いと言われそうですが、こういう時代を経て今の図書館があります。司書は非正規ではあるものの、20年前のメンバーの多くが、4つの公共図書館と、学校図書館を異動しつつ勤務を続けています。

直営だからこそのメリットは、市役所との連携のフットワークの軽さのほかに、開館日数や開館時間にとらわれずに、来館者重視からアウトリーチに力をいれられたことにもあると感じました。

これからの課題

くにさき図書館でお話を聴いている中で、国東市広報アドバイザーの中野伸哉氏が館長の相談相手になっていると聞き伺ってきました。中野氏は、雑誌や企業広告などを担当するイラストレーターとして長く活躍されてきた方。結婚して生まれたご子息が三歳になっても言葉が出ないことで自閉症だとわかり、子どものオリジナリティを認め、子どもにとって良い環境を与えたいと、国東市国見町に移住してきました。以前コラムでも書いたことがありますが、障がいは人にあるのではなく、困っているのは社会にあります。本人の特技を活かせる環境があって、親や社会がちゃんと見守ることができれば、才能は立派に開花します。アトリエは、ご夫妻とお子さんのユニークな作品で満ち溢れていました。視点の違う自由な発想の方々の意見を取り入れる度量の大きさが、まちを変えていきます。

実は、図書館と世界農業遺産との連携は過去に一度あったかなかったかの関係だそうな。世界農業遺産の取り組みについては、次世代に継承すべく小中学校には出向いて授業をしたり、交流人口拡大のためウォーキングイベントを行ったりしていますが、大人にも知ってもらうアプローチがいまひとつと感じました。中野氏のような館長の周りのよき理解者を巻き込んで、図書館との連携のアイデアを是非考えてほしいと思いました。

見学を終えて

移住者である中野氏からみても、図書館はフレンドリーになり、随分変わったといいます。これだけの事業をすべて非正規で運用していると聞けば、やはり雇用形態に一抹の不満を感じる私に、正社員を経て、かつてこの図書館で非正規として働き、今も都内の図書館で契約社員として長く働いている友人がこんな指摘をしてくれました。「もちろん給与についてはこのままでいいとは思いません。ただ、非正規であっても、雇用の安定、無理な残業がなく休みが取りやすく安心して意見が言える職場、自分の適性に合っていて成果が実感できる仕事内容であれば、長期間、高いパフォーマンスで働けるのではないでしょうか」。

給与の不安を抱える人がいる一方で、仕事量に振り回され職場の心理的安全性に悩む正規職員の友人もいます。最後の責任の重さや未来への期待度や重圧は、非正規/正規のほかにも立場の違いなど、さまざまな要因があります。人の価値観がさまざまであるように、仕事の選択にも「非正規=不合理」と安直にとらえることができない課題があるようです。

ともあれ、「グリーンバッグサービス」が、高齢化対策の利用者サービスの一例として参考になれば幸いです。

追伸

唯一の正規職員だった安部氏が、2024年4月にまちづくり推進課に異動になりました。7年間図書館に勤務されていたとのこと。新しい職場でまた図書館との連携を考えてくださることでしょう。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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