2019年11月、横浜パシフィコで開催された第21回図書館総合展の第8回首長フォーラム「公・大連携の形-箕面市と大阪大学の挑戦」を聴いてきました。大阪府箕面市に新しくできる図書館を、大阪大学が指定管理で無償運用という話は、随分前に風のうわさで聞いたことがありました。「大阪にある大学が、わざわざ箕面市の図書館を指定管理運用なんて、学生の授業実験にでも使うのかしら?」なんて勝手に思い込んでいたのですが、そもそも大阪大学が大阪市にあると思っていたことが大きな間違いでした。今回は、公共と大学が連携する新しい図書館の形を紹介します。(数字は配布資料から)
大阪大学(以下、「阪大」)は、江戸時代に商人が設立した懐徳堂(後の大阪帝国大学)と、緒方洪庵が設立した適塾が統合し、さらに、大正時代に設立された大阪外国語学校を2007年に統合した、人のため世のため道のための民の学舎が根源という大学なのだそうです。だから、キャンパスも、豊中キャンパス・箕面キャンパス・吹田キャンパスに分かれています。11学部もあり、海外からの阪大留学生は2,594名、阪大からの海外留学生1,651名と国際色豊かな大学です。国立大学86校のうち、世界最高水準の教育活動が展開できる実力を認められた指定国立大学法人7校の1つでもあります。
一方の箕面市は、豊能町・茨木市・吹田市・豊中市・池田市・川西市に囲まれた大阪府の北側に位置する人口14万弱の大阪のベッドタウンで、90カ国の多国籍2,500人の暮らすまちです。「都市データパック」の住みよさランキングでは7年連続で大阪府内の1位で、日本の滝百選にも選ばれた箕面大滝があります。箕面市の図書館は、蔵書数約80万冊、人口15万人未満の地区では全国2位の個人への貸出数を誇ります。小中学校に学校司書を配置し、市立図書館の蔵書データベースを統合管理してサーバーの共有化も図っています。分館を含めて6館ありますが、その中で貸出数が延び悩んでいたのが萱野南図書館でした。
事の発端は、梅田や新大阪を通る地下鉄御堂筋線と直結する北大阪急行線が2駅延伸し、新駅仮称「箕面萱野駅」から梅田駅まで乗り換えなしの24分で行けることになったことです。開業目標は2023年度。新駅の近くは、箕面市の中央部にあたります。そこで箕面市では、萱野南図書館を、生活圏内である新駅の近くに移転する計画を検討することになりました。
同じころ阪大でも、外日学部のある旧外語大学の箕面キャンパスは1学部には大きすぎるうえに奥まった場所にあるため、新駅の近くに移転を検討することになりました。とはいえ、限られた敷地面積でも大学図書館は必要で、最大限有効な土地利用をはかるために、現在の箕面キャンパスの外国学図書館機能をもった市立図書館の整備案が浮上したというわけです。阪大は2021年春の開校をめざして、校舎及び学生寮を整備し、箕面キャンパスの移転を決めました。一方箕面市は、箕面キャンパスの移転に伴い、新駅に市立文化交流施設及び図書館の整備を決めました。
新図書館は、箕面市立萱野南図書館の蔵書11万冊と阪大の外国学図書館の蔵書60万冊すべてを、箕面市が整備する生涯学習センターの中に移管し、阪大が指定管理者で一元運営します。駅前の新図書館は、利用しやすくなり、多くの人々が行き来する上に、外国語や学術資料が豊富に揃っています。ゆったりとくつろげる滞在型図書館で、多様な人々が交流し、新しい取り組みや成果を生み出す生涯学習の場を目指します。
倉田哲郎氏が箕面市の市長になったとき、「箕面市の中に大学があることは誇り、市の活性化につながっている」と語ったそうです。この言葉に、西尾章治郎総長が感銘を受けたのも連携を後押ししました。フォーラムの司会者(アカデミック・リソース・ガイド株式会社の岡本真氏)から、「これはとても重要なことで、地域で若者が生活し循環することで地域は活性化する。若者の循環に大学は欠かせない要素」との補足説明がありました。公と大学の取り組みは、もちろん国内初。箕面市は施設を整備し、大学側は図書館運営を無償で行うというのは、双方にとってWin-Winの関係だったというわけです。
質疑応答では、閉ざされた壁の中の大学が地域社会とどう関わっていくか?事務職の人にリーダーシップをとれるのか?等々。どれも不安要素を挙げていたらきりがありません。お二人の話は、「だから、やる。できない理由から入らない。」と始終一貫した態度でした。
具体的な成果としての可能性については、経済的効果のほかに、学生のサークル活動や他国籍家族へのボランティア活動の拡大を挙げていました。今までも大学と市民との交流がなかったわけではありません。在日学部の学生は、市民向けセミナーや世界の民族衣装で盆踊りなどに参加していましたが、今後はますます積極的なコミュニケーションがなされ、図書館はグローバルな実体験ができる空間として期待されています。
新しい図書館は、アカデミックな機能を備えた公共図書館として、大学が運営する特性を活かし、多様な年齢層にインターネット社会の「光と影」が学べる場(環境)を提供する可能性を秘めています。そして、大学・行政・市民が連携し新たな挑戦をする場(環境)を提供するために、すでに、箕面市、吹田市、豊中市の3つの市が大学を支えるために、市長と学長との会談も始まったそうです。学生と社会(地域)のインターフェースの役目は何なのか、市民との接触から生まれるグループダイナミクスの中で体感しながら、Win-Winの関係を築いていこうとしています。
トップが変わったら形骸化するのではという意見にも、「持続性・関係性を維持するためにも、生涯学習、リカレント教育の仕組みづくりをしていく」と結びました。
とはいえ、大学図書館と公共図書館では運用やサービスが違います。会場にいた、東北大学附属図書館から人事交流によって大分県の杵築市立図書館に館長補佐として着任している檜原啓一氏に、司会者からいきなり指名があり、双方の違いを語ってもらうハプニングもありました。檜原氏の指名は、大学と公共の経験者というだけでなく、 人事交流による公・大連携の一事例として紹介したのではと感じた方もいました。
図書館で働く職員は、公共図書館や大学図書館を経験している方も案外多いのです。これも、上記の“できない理由”にはなりません。
図書館では初だけど、実は図書館以外では指定管理を無償で請け負うことが結構あるのだそうです。これは初耳でした。
話を聴いていて、感じたことが幾つかあります。
大学が一大産業であることは、九州大学の伊都キャンパスを訪ねたときに痛感しました。何もなかった場所に、いきなりまちができるのです。アパートなどの不動産から食堂まで日常生活の舞台が変わるとは、経済効果も凄いことなのだなあと感じました。
また、地域との連携の例として、沖縄県那覇市にあるOIST(沖縄科学技術大学院大学)を思い出しました。OISTは、恩納村が無償で貸与した敷地に、内閣府が設立した大学です。OISTがあることで恩納村には大きな経済効果や文化交流が起きています。詳細は、第61回コラム(注2)を参照ください。
話は少しそれますが、実は私、誕生日に友人から誘われたのをきっかけに、最近俳句を始めました。始めたと言ってもまだ入門書の1冊も読破できていませんが。それでも、若いころは漢文も古語も大嫌いだった私でさえ、年をとれば古語文法に目を通そうかと思うわけです。大学も社会人になってからの入学を受け入れるリカレント教育が充実してきています。「人生100年時代のライブラリー」を目指すこれからの図書館はハウツー本ばかりでなく、「もっと専門書の充実を」というのも頷けました。
まさに、地域における生涯学習の在り方を問う、課題より可能性を探る、「生かすも殺すも、さいごは人」を感じたフォーラムでした。
フォーラムが気になる方は、動画も配信されています(注3)。