本は、いろいろな人と関わるためのコミュニケーションツールとして利用され、まちの中にあるカフェやギャラリー、オフィスや住宅、お寺や病院などに本棚を置いて、「本」をきっかけに人との繋がりを持つことができます。
でも、その形態は様々です。目的は一緒なのに、その過程は、山登りの沢歩きや尾根歩きのように千差万別。今回は、そんな本を通じて生まれる幾つかのコミュニケーションスペースの原点や昨今の様子を紹介します。
礒井純充氏は経済学博士で、森ビルの「アーク都市塾」「六本木アカデミーヒルズ」などの文化・教育事業にも関わってきた方。著書も『「まちライブラリーの研究」-「個」が主役になれる社会的資本づくり』『マイクロ・ライブラリー図鑑』や『本で人をつなぐ まちライブラリーのつくりかた』などたくさん出版されています。礒井氏が提唱し大阪で始まった「まちライブラリー」は、今では全国1,215カ所(2025年2月現在)に拡大しています。2008年、大阪地下鉄谷町線天満橋駅近くのISビルの一室に礒井さん自身の蔵書1,500冊を集め、まちライブラリー第1号の「ISまちライブラリー」が誕生しました。いつでも、どこでも、誰でも始めることができる、「本」を通じて「人」と出会うまちの図書館。今回、記念すべき第1号のISまちライブラリーに伺ってきました。このビルは、かつて礒井氏の実家のあった場所に建てたビルです。
「実家なんだ!」と思ったら、なんだか親近感が湧いてきました。オフィスビルの一室にあるISまちライブラリーは、最初は本棚作りもイベントにして、みんなで手作りしたそうな。今は、もう一つの部屋もISまちライブラリーとして地域に開放しています。
一部シェアオフィスとして使っている空間もありました。貸出には、昔の図書館にあったような名前を書く「貸出カード」を使っていました。
礒井氏が提唱する「まちライブラリー」は、とても緩やかなシステムです。ISまちライブラリーは全国のまちライブラリーの事務局を兼ねていて、ISまちライブラリーとアイエスビルの女将である川上律美氏のほか、3名で全国のサポートをしています。蔵書の管理は、してもしなくても全てオーナーに任されます。蔵書管理をしたい場合は、まちライブラリーからシステムを提供しますが、事務局はノータッチ。貸出をきっちりするところもあれば、ノートを使って貸出しているところもあります。開館時間もオーナーによってまちまち。横の繋がりはあるものの、あくまでオーナー任せのまちライブラリー。手間のかかる蔵書点検なども基本はしないのではないでしょうか。
本は植本祭りのイベントで、各自が人に薦めたい本を持ち寄って、お薦めのカードを添えて増えていきます。決して不要な本を寄贈しているわけではないのが大きな特徴です。私達も『すてきな司書の図書館めぐり』を寄贈させていただき、「みんなの感想カード」を書きました。
川上氏は俳優業をされている方。礒井氏の弟さんの奥様から声をかけられ、ISまちライブラリーを手伝うことになったそうです。人と関わることに興味があった川上氏は、ISまちライブラリーに芝居に通じる醍醐味を感じたそうな。何が公共図書館と違うのかお聞きしたら、「こちらから話しかけるコミュニケーション」と答えてくれました。もちろん一人で本を読みたい人には、そっと寄り添います。ここは、本を媒体としたコミュニケーションスペース。公共図書館もそれを唱ってはいますが、より地元に密着しているのです。
緩い関係で地元と繋がるまちライブラリー。あとで述べる情報ステーションとの大きな違いは蔵書もオーナー所蔵になることです。諸事情でまちライブラリーを辞めることになっても、本はオーナーのものですから、事務局のサポートはあっても、行く先はオーナーが考えます。
最後に、とっておきの場所に案内してくれました。屋上は、イベントの後にみんなでお酒や食事を楽しみながらお喋りできるテラスになっていて、イベント後の感想などが聞こえてきそうなコミュニケーションスペースとなっていました。
1号のISまちライブラリーのように、想いを共有する人たちによって、今も「まちライブラリー」は増え続けています。
まちライブラリー:https://machi-library.org/what/
就労継続支援B型事業所「松が丘はりねずみ図書館」は、NPO情報ステーションの傘下にある民間図書館です。
2004年3月、まだ学生だった岡直樹氏は高校の同級生と、まちづくりの団体「情報ステーション」を設立しました。当時、大学の授業が終わり地元に戻ってきても、公共図書館は既に閉館していて図書館を利用することができません。「ならば、自分で作ってしまえ」と、2006年5月に民間図書館1号館が開館しました。気軽に本に触れる機会を提供すると共に、民間図書館を中心とする地域のコミュニティを構築する地域活性化に繋げる「まちづくり」が目的です。図書館はあくまでもツールというのが、まちライブラリーとの大きな違いです。
文化と経済の持続的発展を目的とした民間図書館事業では、地域の皆さんの自宅で眠っている本を寄贈していただいています。これらの本は、商店街の空き店舗や空き家、商業施設、老人ホーム、マンションの共有スペースなどに本棚を設置し、主に近隣から募ったボランティアが管理しています。この取り組みは、民設民営の公共図書館として機能しています。開設数は136(2025年3月末現在)となり、ボランティアの活動の場、地域情報の発信基地、多世代の交流空間として機能し、みんなで持ち寄り、みんなで協力し、みんなで作る手作りのコミュニティスペースを実現しています。
本の収集に一役買っているのが、2023年船橋市教育員会と締結した協定です。公共図書館に「本を引き取ってほしい」と寄贈の依頼があると、情報ステーションのスタッフが駆けつけて引き取ります。そして、船橋の地域資料になりそうな本、民間図書館で登録する本などの選別を行います。船橋市の貴重な地域資料が処分されずにすむ一方で、民間図書館で第二の人生を迎える本は、情報ステーションの蔵書として登録し、廃棄本処理も情報ステーションが行います。
今までもたくさんの方がボランティアとして一緒に図書館を作り、運営してきました。各民間図書館運営は各々に任されますが、蔵書の管理は情報ステーションで一元管理しています。必要に応じて本の入れ替え作業も情報ステーションが行い、代わりに幾ばくかのメンテナンス費用が収益となり、運転資金に還元されます。万一民間図書館を閉館する場合は、所蔵本は情報ステーションが全て引き取るところも、まちライブラリーとの違いです。
本を寄贈で受け入れ、民間図書館へ届け、運用していくサイクルの中で、労力とコストがかかるのが本の登録。寄贈本がたくさん集まれば、登録した本を一時的に保管する場所(倉庫)も必要です。そこで浮上したのが就労継続支援B型事業所でした。さらにより広く、様々な方に参加してもらい、関わってくれる人の層を広げ、全国に民間図書館を広げていくための新しい取り組みとして着手した就労継続支援B型事業所。このためだけに、新しく株式会社天下泰平を作りました。就労は、本の受入・登録をコストではなく収益へと変換し、何より蔵書のクオリティを上げてくれます。本を通じて人と人、そして社会を繋ぐ場を提供し、誰もが関われる仕組みを作ることで、新しい形の共生と支援のあり方を追求した試みです。
2025年2月、法令に定められた要件を満たした、オープンしたばかりの就労継続支援B型事業所「松が丘はりねずみ図書館」へ伺ってきました。
掛け軸がかけられる床の間もある普通の民家でした。作業台にはパソコンが設置され、この場所で、民間図書館の本の受け入れ作業を行います。
一人で落ち着いて作業したい人には、個別空間も用意されていました。就労には様々な方が想定されるため、2階には、気持ちが高まったときのクールダウンの部屋もありました。登録された本はコンテナに入れられ、ここからコンテナごと出荷されていきます。
作業者の募集のチラシには、仕事内容(本の整理、登録、搬入、仕分け)や勤務状況(日数、時間、送迎)、報酬のほか、受給者証を持っている方や医師の診断書など、個別相談に応じる記載がありました。
後日伺った袖ヶ浦団地まいぷれ図書館での春祭りイベントでは、施設外就労の記念すべき日だったようで、作業所の方が100円蔵書市に参加していました。本が動くと、受入・登録・搬送・配置と、一つひとつ作業が発生します。就労で行なうこと、ボランティアで行なうことと、サイクルの細分化が始まっています。
情報ステーション:https://www.infosta.org/
株式会社天下泰平:https://tenkataihei.jp/
本を介したコミュニケーションスペースを広げる活動は、公共図書館でも行われています。今回は、奈良県広陵町まちじゅう図書館の例を紹介します。
(写真:馬見北五丁目自治会)
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公共図書館が保育園や高齢者福祉施設などに団体貸出をするケースはよく見かけます。図書館へ寄贈された本を、蔵書登録はしないで駅の待合室などに設置するケースも見かけます。広陵町のまちじゅう図書館は、それに加え、いわゆる「まちライブラリー」のようなオーナーのあるケースも個人文庫も含みます。まちじゅう図書館に登録すると、ポスターやチラシなど目印となる看板にロゴを使用することができます。
図書館では、2024年12月に、地域をもっと知ろうと、文化財ガイドも参加してウィキペディア編集の勉強会も開きました。これが好評だったそうで、今年も開催を予定しているそうです。
いかがでしたか。本には人と人が交える不思議な力があるようです。みんなで感想を述べ合う読書会、紹介したい本をとおしてのゲーム「ビブリオバトル」などもしかり。やはりみんな誰かと何かを話したいし繋がっていたいのだと思います。