かつて私は非正規のパート職員として8年ほど働いた経験があります。昔は女性の仕事の多くはお茶くみ要員で、結婚で退社すると御祝儀がでました。私は、男性とは待遇が違うものの正規採用され、結婚後も仕事を続けていましたが、産休取得の前例がなく止む無く退社。そして、出産直後に、以前の上司から誘いがあり非正規のパートで仕事に復帰しました。パートといえども、残業も徹夜も出張もあり、その分待遇は考慮してもらっていました。それでも8年経って飛び出したのは、非正規のパートでは10年後の自分の姿を思い描けなかったからでした。
図書館で働く人々に非正規の方が増えています。社会的環境が整ってきた中、私たちの時代と何が違うのか、6月5日に、日本図書館協会非正規雇用職員に関する委員会が開催した、上林陽治氏(公益財団法人地方自治総合研究所(注1))による、“非正規雇用職員セミナー「同一労働同一賃金」~政府の非正規雇用政策を考える~”のお話を伺ってきました。
上林氏著「非正規公務員」によれば、自治体の常勤(正規)/非常勤(非正規)の区分には、定数、勤務時間、業務内容、任期の4つの要素があります。業務内容が恒常的・本格的で、任期はなく、フルタイムで働き、定員区分が定数内の職員が、常勤職員となります。退職後の再任用職員は、任期付きの定数内常勤職員です。本来的な非常勤職員とは、短時間勤務で、補助的・臨時的な業務につき、任期の定めのある職員のことをいいます。
ところが、社会の変化が著しく、高齢化に伴う福祉事業など利用者の要求は益々高まり、自治体職員の定数内では仕事が収まらなくなってきました。実際には、本来的非常勤職員、常勤職員のほかに、業務内容も勤務時間もさして変わらない常勤的非常勤職員という3層構造になっているのが現状です。前置きが長くなりましたが、非正規雇用職員セミナーの内容を紹介します。
なお、本コラムは、セミナーの内容および私の個人的見解に基づいて書いています。ご了承ください。
最初に、各種統計表を分析し、実態の把握をしました。
総務省による職種別臨時・非常勤職員数調査では、2016年以前には「図書館員」の職種はなく、過去3回は「その他」や「一般事務職員」に含まれていました。「図書館員」の職種ができた2016年の調査でも、学校図書館司書は市町村が独自に雇用しているケースが多いため、「その他」に含まれています。自治体の雇用の仕方や回答によって、数値が入る項目が違うのです。
職種別正規・非正規率統計では、一般事務職/技術職/医師/看護師など11項目の全職種の中で、非正規職員の割合は図書館員が一番高く65.3%に及びます。図書館で働く3人に2人は非正規職員というわけです。この数値には指定管理や委託は含まれていず、実態はもっと多い数値になります。技術職員の割合が4.2%で一番低いのは頷けますが、医師も27%あり、医師といえども安定した職業とは言えない時代を反映していました。保育士や給食調理員が図書館員に続いて高く5割を超えています。
日本図書館協会「日本の図書館」の1991年からの各年度から作成した統計で、1991年と2015年を比較すると、専任職員数(13,631→11,105)と減少しているのに対し、臨時・非常勤職員数は(3,345→16,575)と、25年間で5倍の人数に増えています。ということは、臨時・非常勤職員の仕事の内容も変わってきていると察せられます。
「日本の図書館2015」の雇用形態別の司書資格保有率をみると、(専任職員52%:臨時・非常勤56%:委託派遣58%)という保有率の逆転現象が起きています。司書の専門職採用の図書館が減り、正規職員は図書館以外の他部署へも異動対象となるための減少と察します。
埼玉県下自治体・図書館員の正規・非正規年収格差統計では、非正規の報酬をフルタイム換算した年収と、正規の年収を比較しました。自治体による差異はあるものの、非正規の報酬は、平均で正規の3割台に止まっています。年収200万円をボーダーにするワーキングプアを構造化して自治体が運営されていることが如実にわかる資料でした。
一方、東京・市部・図書館員の正規・非正規年収格差統計を見ると、非正規は東京都の最低賃金レベルという市も幾つかあります。地域によって年収の格差にも違いがあり、地方の状況はまた違うかもしれません。今回のセミナーで紹介された数字からいえることは、先に書いたよう常勤的非常勤職員が多く、仕事の内容の差(常勤職員100:非常勤75)に対して、報酬は常勤の3割という差にギャップがありました。
同じように働いているのに正規職員と何故賃金に差が出るのか?賃金はどうして決まるのかという本題になり、「同一労働同一賃金」と「同一価値労働同一賃金」の違いについて説明されました。平たく言うと、賃金の基準が、「人」なのか、「仕事」なのかの違いです。
政府の働き方改革において、「同一労働同一賃金」で着目されたのは「人」の働き方です。一方、同一価値労働同一賃金とは、人ではなく、仕事の価値を測り、仕事に応じて賃金を支払うシステムです。役所で働く正規職員は“ジェネラリスト”といわれ、職務を限定せず、何でもやります、どこでもいきますの「メンバーシップ型雇用」をとります。非正規職員は職務を限定した“スペシャリスト”の「JOB型雇用」ですが、日本型雇用システムでは職務を限定しない高い拘束力に賃金を支払うため、「仕事」基準での格差是正措置は取れないということになります。
そこで、図書館業務を分析して、正規職員と嘱託職員が同じ仕事をしているならば、同一価値労働同一賃金に当たるのではないかと、町田市立図書館で2010年に職務評価を実施しました。結果は、職務はほぼ同じでしたが、非正規の年収は正規職員の4割でした。図書館は女性の多い職場です。日本では女性が育児や介護などを家庭で担ってきた歴史があり、女性のケア労働は低くみられる傾向があります。介護士や保育士などは人の命を預かる職種ですが、賃金が高くないのは、女性の多い職場という要因があるのかと頷けました。
そして、八王子市で実施された職務評価を、参加者全員でやってみました。本来は聞き取り調査で調査員が記入するほうが、バイアスがかからないそうです。評価項目は、以下の12項目です。
これらの質問に回答していきながら各項目のレベルを確定し、そのレベルごとの重みの総得点で評価します。元は正規職員で、今は非正規職員の方が、両方の立場でやってみると、委託現場の総括責任者として非正規で集計した方が、得点が高かったそうです。労働環境や判断力などの差は出にくいものの、非正規の責任者は、短時間スタッフを多く指導する立場になるので、6の職員の管理・監督・調整に関する責任などが最高のレベルになります。
また、「図書館内の業務を、管理とサービスとに完全に切り分けてしまった場合は比較できないと思っていたけど、この評価ならば点数として示すことができる」という方もいました。集計した結果から裏付けられるように、仕事の内容は、(正規:100/非正規:75)であまり差は出ず、そうしてみると、同一価値労働同一賃金なら、この賃金格差はやはりおかしいという結論に至りました。
上林氏のお話をうかがって、自治体には「定数」という魔物が潜んでいること、図書館で働く7割は非正規職員で、仕事の内容比率(正規100:非正規75)に比べ賃金比率(正規100:非正規30)にギャップがあり、「貧困を構造化して運営しているのが図書館」という実態は把握できました。それに、委託や指定管理の問題が絡まって、職員の雇用問題は更に複雑化しています。
かつて、情報を扱うのが司書の専門性でした。ところがインターネットの時代になり、図書館へ行かなくても誰もが情報を入手でき、図書館不要論まで生まれています。それでも、「インターネットの情報は正確性に欠け、正しい情報を見極めて提供するのが司書の役目」と、ある認定司書は言います。
そんな状況の中、非常勤職員の常勤化問題が追い打ちをかけました。果たして司書の資格をスペシャリストといえるのか?私は司書の資格を持っていますが、司書と名乗ることはできません。資格は免許皆伝と一緒で、その世界の入り口に立っただけのこと。切磋琢磨して実務経験を踏む中で、社会で認知されるスペシャリストは生まれていきます。
司書の資格がスペシャリストというのではなく、今問題なのは、既にスペシャリストとして非正規司書が働いている実態があるのに、正当に評価される体制ではないということだと思います。常勤的非常勤者の仕事内容が常勤者と同じならば、やはり賃金格差はおかしいし、違いがあるなら、その部分にもスポットを当ててみるのもありかと思いました。
私は自治体で働いた経験はありませんが、民間企業で正規も非正規も管理職も経験しました。民間企業でも終身雇用制が崩れ、JOB型雇用制度を取り入れつつあります。それでも、やはり落とし穴があるのです。私はシステム開発・導入・保守に関わってきましたが、SE(システムエンジニア)というと、どうしてもシステム開発者が脚光を浴びます。でも、保守のような地味な仕事も実はとても大切な仕事なのです。業務の評価は個々ではなく、プロジェクト全体でおこなうべきと私は思っています。
それは図書館とて同じで、司書が関わる直接サービスだけではなく、図書館運営に関わる基本計画や予算交渉、施設管理に至るまで全般を含めて図書館の仕事の評価だと思うのです。司書の方は、自治体の他の部署との接触などは苦手という方が多いように見受けられます。社会に認知されるためには、図書館の外に出ることも必要なのではないでしょうか。最近出版された砂生絵理奈編著「認定司書のたまてばこ」に登場される図書館の方々は、グローバルな視点を持ち、仕事に対する姿勢にプロ意識を感じました。こんな司書が増えて、社会の認知が変わっていくといいですね。
ジェネラリストであれスペシャリストであれ、どんなに工夫をしても、全ての人に満足のいく評価はなかなかできません。それでも、若い方々がワーキングプアで働く状況は改善すべきだと思います。紹介したセミナーに参加できなかった人たちが、自分の置かれている環境を見つめる作業に、この記事が役に立てば幸いです。若い方々の未来に光がさすことを願ってやみません。