高知県梼原町にある「雲の上の図書館」の愛称で知られる梼原町立図書館は、新国立競技場の建築設計で注目される隈研吾氏設計の図書館です。“幕別モデル”などで図書館界に参入した太田剛氏が図書館づくりのソフトを全面的に担当し、公共図書館の大半が使っているNDC分類を使わない書棚(以下、「棚」)づくりをしています。そんな雲の上の図書館を見学した方々から、従来の公共図書館の棚との違いに衝撃を受け、棚はどうやって作られ維持されるのかという疑問の声が聞こえてきました。ならば、現地で実際に棚を見て、太田氏の棚づくりのノウハウを聴いてみたくなりました。
今回は、雲の上の図書館の見学報告と、図書館の皆さんと一緒に体験した大規模図書館でも十分参考になる、「図書館の棚づくり編集ワークショップ」の様子をお伝えします。
梼原町立図書館(以下、「図書館」)は、「坂本龍馬脱藩の道」でも知られる高知県と愛媛県の県境、山間にある人口3,500人の高知県梼原町にあります。町の総合庁舎や「雲の上のホテル」、「雲の上のギャラリー」、「まちの駅マルシェゆすはら」など、町の主要な建物が隈研吾氏の設計でできていて、図書館もその一つです。
隈研吾氏設計の建物は、これまでに富山市立図書館と太宰府天満宮の近くにあるスターバックスを見ていますが、それでもやはり圧巻でした。図書館の入り口にはピアノが置いてありコンサートもできる空間があります。2階まで吹き抜けになっていて、天井からはたくさんの木々が組まれていて、降って落ちてきそうな重厚な趣でした。これは単なるデザインかと思いきや、実はちゃんと力を分散させる力学的理由があるのだそうです。そういえば、こころなしか柱の数は少ないような気がします。
1階の小さなお子さんのお部屋は、子どもたちは狭いところが大好きだから、一段低くトンネルのような工夫がされていて、授乳室もありました。階段の奥には教育委員会がはいっていました。梼原町の隈研吾氏設計の建築物には必ず棟札があるとのこと。関わった皆さんに敬意を表しているのでしょうか。
館内は土足禁止。実は開館ギリギリまで1階までは土足可能だったそうですが、開館直前に地元の木の感触をしっかり感じてほしいと、急きょ変更になったそうです。以前は、「靴を脱ぐのは面倒くさいなあ」と思っていましたが、最近は土足禁止もいいかなと思うようになりました。大人も寝転んで本が読める大きなソファーもありました。
カウンターの先の2階に上がる階段の左側は棚になっていて、階段を登りながら本に出合うことができます。棚のサインは、「いろは順」。カメレオンコードを使用して管理し、NDC分類は使わずに編集工学的(?)な棚になっています。いろはの最初の「い」の棚は、地元檮原の郷土資料の棚で、「梼原の風を感じる〜風土・風習・風景」となっています。次の「ろ」の棚は、「高知から四国へ〜空海も龍馬も歩いた道」と視野が段々と広がっていきます。さらに「は」は、龍馬の言葉を借りた「日本を今一度せんたくいたし申候」となり、一緒に見学した皆さんは既にここで、「本が探せない!」とパニック状態に陥りました。竜馬の“脱藩”にちなみ、書名に“脱”がついた本を集めている棚もありました。私の友達の本『脱、寮母宣言』もあって、ちょっと嬉しかったです。“脱”の字のつく書名を一堂に集めた棚は、不思議とエネルギーを感じます。
この図書館には2階に大きく4つのライブラリー小部屋があります。
それぞれのテーマに添って本が並んでいますが、海洋堂の迫力あるジオラマがそのイメージを更に膨らませてくれます。
2階の相談カウンターの奥の階段を上がる「コミュニケーションラウンジ“夢見楼”」には、本に囲まれた座り心地の良い椅子や机がありました。大人が夜にゆったりとお酒でも飲みながら語れる場所にしたかったようですが、居心地がよいのか、高校生のたまり場になってしまい、他の利用者のことも考慮して、今はサイレントモードの時間を設定するなど運用方法を模索中とのことでした。ぜひ大人のハブ空間と未来の梼原を語れる空間に復活してほしいです。
新書と文庫コーナーに並ぶ岩波書店や講談社や筑摩書房などの教養本はほとんどが、亡くなったある読書家の奥様による寄贈だそうです。2階には、吹き抜けとの境に学習用の机がずらりと並び、階下を眺めながらの利用者の書斎になっています。隈研吾氏の建築の特徴は機能上必要なものでも、美観を損ねる物は、徹底して見せない工夫がされています。防煙垂壁やエレベータのまわりも鏡で囲われていて、館内で写真を撮っていても、自分の姿が写っているのに時々ドキッとします。トイレのサインも普段の目線より上のほうにありました。
ボルダリングのコーナーもありましたが、遊ぶには時間がなさ過ぎました。図書館は公民館的役割を兼ねながら進化していくのだなと感じた方もいました。見学が終わって、皆さんの頭の中は、戸惑いと刺激でいっぱいの図書館でした。そして翌日、編集ワークショップに参加しました。
世の中のあらゆる事象は、頭の中で単語として登録されたり、ビジュアル的なイメージとしてストックされたり、文法や習慣など様々なルールで管理されたりしています。自分の身に何かおきると、頭の中では同じようなことがなかったか記憶から連想し、類推し、推論し、さらには空想したり妄想したりして、取り入れたINPUTに対応したOUTPUTを編集していきます。
その時の編集のOUTPUTには、コンパイル(客観的編集)とエディット(主観的編集)の二種類があるそうです。これらの大きな違いをまず、2つの辞書の言葉の定義で見せてくれました。ちなみに、帰ってから自分の持っている2つの辞書で「恋愛」を引いてみると確かに違います。
辞書に載っている定義なんてみんな同じと思っていた私は、もうびっくりです!客観的に誰が見ても同じような定義は「コンパイル」、その人の主観が入った定義は「エディット」になります。(図書館の棚は、NDC分類のつけ方で多少主観が入りますが、どちらかというとコンパイルの棚ということでしょうか)。その主観的なイメージをマネージする力が編集力(イメージメント)なんだそうです。
編集の思考方法について、思考素と呼ばれる幾つか形態があります。
そこで、まずくじ引きでグループに分かれて、「誰かに贈りたい本を持ってこよう」と、みんなが図書館内に散らばりました。本を読まない私は、贈りたい本といったら、やはり今年出版した本になります。運よく拙著『すてきな司書の図書館めぐり』があったので、その本を選びました。
次に、「100年後に残したい伝えたい」ということで、それぞれテーマを決めて、編集の思考形態の一つを選び、持ってきた1冊のほかに、関連する2冊の本を持ってくるよう指示が飛びました。私が考えたテーマは、「遊ぶように生きる」。三位一体を意識して他の2冊は、キャリア形成の本と日野原重明さんの本を選びました。図書館内の別の場所にありましたが、NDC分類でももちろん別の場所にある本です。
その後、グループで、みんなが持ち寄った本を発表し合いました。更に、グループの面々はそれぞれ勝手な自分のテーマで選んだ本なのに、今度はそれらの本を、「未来のゆすはらの人たちに贈りたい本」というテーマで体系化して、グループ内でテーマを決めろというのです。何だかんだと言い合って、それでもどこのグループもそれなりに納まった発表ができました。
合間に、私が選んだ本のテーマを伝えると、太田氏から、「仕事にはカセギとツトメがあるから、ボランティアに関する本を一つ差し込むと本の棚に奥行きがでる」とのアドバイスがありました。件名で並べるだけの本棚と、編集する本棚の違いをちょっとだけ感じることができました。
その後、編集された本棚の基本的な3つの型が紹介されました。
本をめぐる読者の基本マトリックスとして2次元の要素も示してくれました。このマトリックスは、マーケティング手法として使われていて、図書館の棚も本来はこのバランスを考えて棚づくりをするとよいそうです。
このあたりまでくると、私の頭では消化できなくなりました。
辛うじて認識できたことは、「美味しく見せるコツは、1つのテーマにサブテーマが3つ」という大きなキーワード。更に主役を引き立てる名脇役を用意して、あの手この手で多様な視点で棚づくりをするのだそうです。
最後に編集工学の極意を教えてくれました。それは、「そのひと手間を惜しまない、さぼらない」。効率だけを追いかけていたらできないことで、自ら愉しまなければできないことです。ワークショップが終わるころには、前日の戸惑いと衝撃の皆さんの顔が、驚きと感激に変っていたのも見逃しませんでした。
一緒にワークショップに参加した、見目佳寿子館長をはじめスタッフの皆さんが、今後どんな風に図書館を育てていくのか一緒に見守りたいと思います。
参加した皆さんから感想をお聞きしました。専門図書館の方は元々独自分類を使っているのでNDC分類絶対という感覚はないようですが、やはり戸惑いを隠せない方もいました。それでも、図書の管理技術が飛躍的に進歩した今では、NDC分類は書籍の住所に過ぎなくて、性格を表現するものではないとの意見もありました。
ある規模を持った図書館であれば、NDC分類で管理するのが合理的なのかもしれないけれど、1冊の本がかならずしも1つの番号で表現されるものではないということを念頭において扱う必要はあるとの意見がありました。データをただ処理して、棚に本を置くというだけだったら、それこそAIに取って代わられてしまうのではとの危惧も聞かれました。
そして、皆さんが総じて感じたことは、いかに自分の頭が固くなっていたかということでした。「あなたにとって一番大切なものは何ですか?」。この問いに、大人は、「お金、家族、友人、仕事・・・」と応える人が多いけど、子どもたちからは、「お母さんの笑顔!」なんて返ってくるのだそうです。そんな感性を大人はどこかに置き忘れてきているんですね。
後日、兵庫県小野市立図書館へ伺ったときのことです。公共図書館の中に、「図書館文芸部」と称した高校生に展示を任せた棚がありました。その棚に、拙著『システムエンジニアは司書のパートナー』が置かれていたのです。就活の仕事の参考にということで選んでくれたようで、アンケートには、「SEは黙々とプログラムを組むイメージしかなかったけど、SEにも色々な仕事があるのがわかった」と、SEに興味をもった感想があったとのこと。私自身、高校生に読んでもらえるなんて予期せぬ出来事でした。多分所蔵してくださっている図書館でも、ほとんどの図書館は、一般の方が目にすることはまずない「図書館」の総記の棚にあるのではないでしょうか?本には色々な読み方があるのを、高校生が教えてくれました。そういえば、システム開発をしていた頃、請求分類を複数入力したい要望があったのを思い出しました。システムでは管理できない感性です。
NDC分類を使っている多くの公共図書館でも、高校生が就活棚に置いてくれたように、見方を変え編集力を鍛えれば、まだまだ棚は輝けると思えた出来事でした。