在職中にひょんなことから学び始めたカウンセリング。人の話を聴かないことでは折り紙付きの私ですが、今もときどき勉強会に参加しています。「ワーク・エンゲイジメント」は、オランダのユトレヒト大学でウィルマー・B・シャウフェリ氏が提唱した、「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態」をいい、「活力」「熱意」「没頭」の3つが揃った状態として定義されます。そのシャウフェリ氏に学び、日本でいち早くワーク・エンゲイジメント研究を始めた島津明人氏の資料をもとに勉強会が開かれました。
今回は、友人に少し紹介したら、図書館の職場でも参考になると反響があった「ワーク・エンゲイジメント」について、覚え書き程度ですが私の復習を兼ねての紹介です。
私たちの「働く」という概念は、人類の長い歴史の中では大きく変わっています。二足歩行を可能にした人類は、狩猟生活で獲物を捕り生活を支えていました。やがて、道具を使い田畑を耕し農耕生活に移ると貧富の格差も生まれました。農業が主体だった時代から、産業革命で蒸気機関車や紡績機器が発明され、電力や石油が発見され、やがて工業社会に突入していきます。そして、20世紀後半にはコンピュータやインターネットの時代が訪れました。
心理学では、人間の欲求を5段階のピラミッドで説明したアメリカの心理学者、アブラハム・マズロー(1908~1970)の「マズローの欲求五段階説」というのがあります。低次の欲求が満たされるごとに、もう1つ上の欲求を持つようになるというものです。
これを働き方の変遷で置き換えてみると、こんなふうに見ることができませんか?
1.生理的欲求:生きていくための基本的・本能的な欲求(食べたい、眠りたいなど)
→狩猟時代
2.安全欲求:安全・安心な暮らしがしたい(雨風をしのぐ家・健康など)という欲求
→農耕生活の弥生時代
3.社会的欲求:集団に属したり、仲間が欲しくなったりを求めます。満たされないと、孤独感や社会的不安を感じやすくなります。
→産業革命以降の工業化社会
4.尊厳欲求:他者から認められたい、尊敬されたいという欲求が芽生えます。
→高度成長時代
5.自己実現欲求:自分の能力を引き出し創造的活動の欲求が生まれます。
→インターネット時代
特にコロナ禍により働き方に大きな変化がありました。医療従事者やエッセンシャルワーカーは長時間労働に偏見や差別とストレスを抱えています。経済の自粛や縮小は、失業や自殺者の数にも投影されています。働き方も急激に変化しました。人と直接会うのを避け、テレワークや在宅勤務に時差出勤。会議はオンラインになり、非接触型の働き方に変わっています。これからの働き方は、「自律」、「分散」、「協働型」がキーワードになるのだそうです。
ITの導入以降、効率化を求める働き方はストレスも多く、心身の体調を壊す人も増えてきました。Web上には、自分でストレスの度合いを測れるストレスチェックシートがあり、早めに判断して専門医につなげるツールも出てきました。厚生労働省の「こころの耳」では5分でできる職場のストレスチェック(注1)も公開されています。働く人の心身の健康度は、横軸X軸のストレス度として把握していました。
コロナ以降は、テレワークや在宅と出勤とのバランスを取りながら、人間らしく働き甲斐のある仕事が望まれます。ワーク・エンゲイジメントを測るには、横軸X軸の心身の健康度(不快ー快)に、縦軸Y軸に生産性(職務満足感)が加わって、働く人のこころの健康を考えます。
の3つが揃っている、仕事を楽しいと捉えポジティブな状態で取り組んでいる状態を、「高い」「低い」で表現します。ワーク・エンゲイジメントが高まると、従業員のメンタルヘルスに良い影響があるだけでなく、パフォーマンスと生産性も高まるため、日本企業では早くから注目を集めていたのだそうな。
一見同じように仕事に没頭しているように見えますが、「この仕事をしなければならない」という追い立てられるような感情から仕事をし続け、「一生懸命に働きすぎる」「強力かつ強迫的で内発的な衝動がある」といった2つの特徴が見られることが指摘されています。また、業務量の多さから黙って仕事を持ち帰りこなすなどプライベートの時間を使って対処する場合も。このような状態を指す言葉が「ワーカホリズム」です。
ワーカホリズムの傾向を持つ人は、高い成果を出すため職場でも重宝されます。しかし、必要以上に仕事にのめり込んでしまうため、状態が長く続くと心身に悪影響を与えてしまいます。どういった精神状態で仕事に取り組むかによって、心身の負担が大きく変わります。本来はワーク・エンゲイジメントが高い仕事をしていたのに、効率化の波で人材不足となり、この状態に追い込まれている友人の顔がちらほら頭をかすめました。
働くのが楽しくなく、仕事にエネルギーを注げない状態です。ワーカホリズムが長く続き疲弊状態になると要注意です。コップの水は、注ぎ過ぎても直ぐにはこぼれません。自分では気づかずに持ちこたえられなくなって、どっとあふれてきたときは、時すでに遅し。回復には過大な労力と時間を要することを気に留めておいてくださいね。職場のお荷物と評価される人も、もしかしたら諸事情があっての結果かもしれません。
心身は元気だけれども、活動水準が高くない状態です。それってどういうこと? と、私も首をかしげました。例えば、マンネリ化した退屈で単調な仕事をこなす人、やることがなく仕事に喜びを見出せない人などがこの状態に属するのだそうな。窓際族という言葉もありましたね。職場では退屈だけど、アフター5は充実している人もここに属するのかしら?
ワーク・エンゲイジメントには、世界的に共通する特徴がいくつかあります。例えば、キャリアを得るほど組織資源(裁量権や信頼関係など)と個人資源(自己効力感やレジリエンスなど)が蓄積されるから、一般的には年齢が上がるほどワーク・エンゲイジメントは高まります。もっとも、高齢者に関しては研究途上なんだそうな。
面白いのは、ワーク・エンゲイジメントは伝染することです。特に上司がいきいきしていると、部下もいきいきしてくる傾向があります。でも、ポジティブ感情だけでなく、ネガティブ感情も伝染するので注意が必要です。家庭環境も人間関係も仕事に影響を及ぼします。さらに、一人だけで解決するのは要注意。一部の人だけワーク・エンゲイジメントが高い場合は、全体が底上げされるのではなくて、温度差で浮いてしまい、却って仕事がやりづらくなるのです。「出る釘は打たれる」とは、まさにそのことです。
ワーク・エンゲイジメントのスケールチェックは、フランスが一番高くて、日本はその半分にも及ばないという報告に納得でした。日本人は「自己批判バイアス」が強い傾向にあり、自分を厳しく捉えがちなのです。また、周囲との関係の中で自己を定義する「相互協調的自己」を持つため、周囲に忖度して、自分がいきいきと働いていると見せないようにする力も働いていると考えられます。その証拠に、うつ状態の測定尺度では、ネガティブな内容を尋ねる項目は日米の得点がほぼ同等ですが、ポジティブな内容を尋ねる項目は日本が米国より著しく低いのです。国による事情や個人の自意識の違いにも左右されるのですね。
職場メンバーで「参加型討議」形式で職場の活性化・企画・実施や、思いやる行動を増やすほかに、幾つかプログラムがあります。
勉強会では、そのほかに実体験として、職場の配置転換や、声掛けなど、些細なことでもできることからの提案がありました。
労働の概念が大きく変わってきています。効率性を重視しすぎた職場にはゆとりがありません。現実は、職場満足感状態の人もいれば、ボアアウトの人もいて、それぞれの状態には相関関係があり、かといって、職場満足感の人たちの生産性をあげるのは難しいし、そういう仕事があるのも事実。もし活力をあげられても、やはりどこかで人の構成は「2:6:2」の法則にまた転じてしまうなど、それぞれの経験や状況の話が出て、結局どうすればよいかという結論は出ませんでした。「ワーク・エンゲイジメント」に興味を持たれた方は、Web上にたくさんの論文や資料があるので、覗いてみてください。
これからの働き方に望まれる、「自律」、「分散」、「協働」の「協働」は、誰とどのようにつながっていくかということで、職場と家族以外の居場所(サードプレイス)が大きな要素となります。サードプレイスは、人を平等に扱い、利用しやすくて、目立たなくても居場所として存在するもう一つの我が家。それって図書館も当てはまるのでは?と思ったのです。図書館がこれからのサードプレイスとして機能するには、皆さんならどんなことを考えますか?
自分の職業性ストレスがどんなか気になる方は、東京医科歯科大学の「職業性ストレス簡易調査票」(注4)を紹介しておきます。