2019年3月にムーミンのテーマパークが飯能市にオープンしましたが、熱いのはテーマパークだけではありません。飯能市内にある埼玉県立飯能高等学校(以下、「飯能高校」 注1)の学校図書館は、ユニークさを飛び越えた上に、公共図書館ともすてきな連携をされていました。今回は。そんな飯能市内の図書館と名物館長が作る連携についてお伝えします。
飯能高校の学校図書館(以下、「すみっコ図書館」)は、学校の隅っこにありました。「すみっコ図書館」と言われる所以です。4階までの階段には、本の紹介や図書館新聞が貼られ図書館へと誘導してくれます。入り口では、可愛いブックポストキーパーとすみっコキャラがお出迎え。館内には注意書きの文字はありません。あっても全て高校生がちょっと立ち止まるような洒落たメッセージで書かれていて、随所に本を手に取ってもらう仕掛けがありました。入ってすぐの大きな看板には「図書館に入りたい人はすみっコ図書館検定3級をクリアしてください(3級:入るときには「こんにちは!」)」とあります。
本の配置は柱の色で識別されていて、人の流れを計算したコーナー作りをしています。入口は黄色のゾーンで生徒の心をキャッチし、入って左側の緑のゾーンは一般書。左奥の青のゾーンは、ゆっくりと静かに勉強したい生徒用に、参考書や資料に囲まれた椅子や机が用意されています。机の上の衝立は、胃袋をつかまれた生徒に組み立ててもらったとのこと。椅子は学校図書館では異例ですが、長く座っても疲れにくいゲーミングチェアを導入しています。右側の赤とピンクのゾーンは視覚を刺激するアートゾーン。その手前の黒のゾーンには、飲食OKのまんなカフェがあります。行く手を遮る真ん中にあるコタツは、生徒の要望で設置しました。コタツの奥に鎮座する手作りの神社(すみっコ神社)では、0から9までのおみくじならぬ「すみくじ」を引くことができます。占いを楽しみながら、NDC分類の本へと導いているのです。ガチャポンを引いて当たればお菓子がもらえるコーナーでは、外れくじに、「友人にマンガ以外の本を1冊借りさせろ!」だの、「オススメ本のPOPを3日以内に書け!」などを忍ばせています。生徒に来てもらうために、プラレールだって動かすし、ぬいぐるみだって貸出します。「へええ、面白そう、ここ!」という気持ちになるあの手この手で、生徒に本に興味を持ってもらおうというわけです。なんとも行き過ぎではと思った方もいるでしょう。
でも、しっかり押さえるところは押さえています。生徒がカウンターで借りにくい本(性、いじめ、DV、自殺、ドラッグなど)は「あなたをまもる本コーナー」にあり、貸出手続をしないで借りられます。人身取引被害者サポートセンターNPO法人ライトハウス(注2)の名刺サイズの案内もさりげなく持っていけるよう置かれていました。
公共図書館との交流展示コーナーもありました。教職員向け資料の隣には、コミック本や多様性をテーマとした展示棚があり、さりげなくLGBTなども目に留まる工夫がされています。職員室にも図書室の出張所コーナーがあるのにはビックリでした。まるでプレイランドかと錯覚するようなカオスな空間の図書館でした。
飯能市立図書館は、「市民に愛され、市民とともに創り続ける図書館」を基本理念に2013年にオープンした図書館です。地元の樹齢100年の西川材を切り出して作った26本の柱がそびえ立つ図書館内部は、落ち着いたゆったりした空間です。訪問時入り口では、年に2回行われている健康づくり支援課と連携する「いのち・つなぐ」特別展示と、市役所で配布している北欧風飯能市オリジナルの婚姻届けの広報をしていました。
1階では、社会人専用の読書室や障子の雰囲気を醸し出す学習室が目を引きます。グループ学習室は無料ですが、利用が少なく今後の課題とのことでした。タブレットパソコンの館内貸出や、ICタグを使った情報提供システム、新聞雑誌記事索引などの各種データベースの利用も可能です。CDやDVDの数が少ないのを補うために音楽配信サービスを提供しています。雑誌はスポンサー制度を採用していて、公共図書館にも高校との交換展示がありました。毎日のお薦め本棚に展示する日替わり本(その日にちなんだ本)は、司書ではない事務職の方々も協力してくださると聞きました。
子どもの本は後述する「こども図書館」の持ち分ですが、向いに総合子育て保育施設などがあるので、児童書コーナーもあります。児童書コーナー入口では、館長手づくりのワゴン車(どこでもライブラリー)が出迎えてくれました。解体して小さくして運べるので、イベント時にも活躍します。
2階のロビーは飲食可能です。多目的ホールは、使用しないときは学習室として開放しています。ボランティアルームがあり、40名ほどの友の会会員が、それぞれ得意分野をサポートします。見学に来られた方にと、手作りの栞をプレゼントしてくれました。
子どもに関する本を集約するため、“こども図書館”としてオープンしたのは1997年です。靴を脱いでの利用のせいか、古さをちっとも感じません。館内では、ムーミングッズがあちこちで歓迎してくれます。ムーミンの本コーナーには、作者のトーベ・ヤンソン氏に関わる資料が展示されています。ふるさと納税のお返しのぬいぐるみのムーミンも飾られていました。
子ども図書館の大きな売りは、毎週火曜日から金曜日の午後3時から毎日開催されるお話会です。もっと小さなお子さんには、月に一度、0歳~1歳の「ちびくまちゃんタイム」、2歳~3歳くらいの幼児向けの「こぐまちゃんタイム」も用意されています。児童研究用の本などもありますが、司書によると、あんがい昔話がよく読まれているのだそうです。
2階に上がる階段の高さが絶妙なのか、ハイハイからチャレンジする小さなお子さんの姿をよく見かけるとか。思い描くだけで笑みがこぼれます。2階の踊り場の飲食コーナーは、つい最近できたとのこと。授乳室も同じ時期につくったそうです。お話会や催し物などをおこなう多目的ホールは、今でもすてきな空間です。本館からも歩いて10分ほどなので、本館の学習机が足りなくなったときは、多目的ホールを開放して学生を案内するなどの連携もしています。
すみっコ図書館の館長(代理)である湯川康宏氏は、民間企業から県立図書館へ転職した経歴の持ち主です。飯能市立図書館立ち上げのために2011年に県から飯能市に出向し、実施設計の段階から計画に関わり、2013年の開館を見届けて県立図書館へ戻りました。
大きな組織にいると、いつも自分のやりたい仕事ができるとは限りません。自分のやりたいことを形にしたくて異動希望を出し続け、飯能高校の学校司書として赴任したのは2017年でした。埼玉県下の高校司書は他の県に比べると、図書費も待遇も比較的優遇されているといいます。身分は県の事務職員と同じ行政職ですが、議決権はないものの、職員会議に参加が認められています。
赴任時には、増え続けた本が収蔵能力の上限を超えた状態で、赴任しての1年間は除籍作業に追われました。本には、選定→受入→除籍→有効活用と、一連のサイクルがあります。最初にその一連の流れの基準書を作りました。着任後の1年間で1万冊近い本を除籍し、市立図書館や外部の団体と協力して、本に第2の人生を送ってもらいました。
2年目は、閑古鳥の泣いている図書館にどうしたら生徒が来てもらえるかに取り組みました。図書館が学校の隅っこにあるので、「すみっコ図書館」と名乗り、キャラクターの権利者と利用について協議をしたのもこの頃です。湯川氏は誰もが疑問に思う「そんなことをしたら、後に続く人が大変!」や「図書館ではできない!」の言葉には、真っ向から対立します。公共図書館だからとか学校図書館だからとか、“最初からできないと決めつけるな”というのが彼の持論なのです。自分のお小遣い(湯川氏いわく「研究開発費」)で図書館をディスプレイするのは、「ゴルフや釣りと同じで趣味だから」と言いきります。百歩譲って、職場の机のまわりにグッズを置いて職場環境を楽しくする工夫や感覚の延長線上にあるのかなあとも感じました。
先生方の反応もまちまちです。それでも、職員室の図書コーナーにお菓子を差し入れしてくれる教員もいるそうで、言葉ではないコミュニケーションも芽生えつつあります。美術の先生と連携して授業で、「本の帯を描いてみる」などの試みも始まっています。義務はないのですが、湯川氏は学校の行事には必ず出るし、ときには生徒の登下校も見守ります。
年に5回ほど開催される学校説明会に訪れる保護者や生徒は、毎回200人を超えるといいます。すみっコ図書館も、当日の見学ルートに含まれていて、毎回湯川氏が図書館の紹介をします。「こんな図書室が学校にあったら!」と入学の動機になった生徒もいるのではないかと思えるほど、インパクトのあるすみっコ図書館でした。
図書館は本を読むところですが、「本を読まなくてもいいから生徒の居場所であってほしい」と、湯川氏は言います。今まで来なかった生徒が来る仕掛けを試して、ダメならひっこめる、その繰り返しの試行錯誤を続けています。
飯能市立図書館の柳戸信吾館長は、長く博物館で学芸員として活躍されていた方でした。博物館の館長になったのが、湯川氏が飯能市立図書館の館長になったのと同じ時期だそうで、お二人は、教育委員会の定例会では必ず席が隣だったそうです。
そして、柳戸氏に転機が訪れました。2017年に市立図書館の館長になったのです。図書館に来て最初に思ったことは、「図書館は本を貸すだけの場所ではない」、「図書館はどんな人とも関われる場所」でした。柳戸氏は、畑違いの図書館のことを学ぶべく、司書の資格を通信で取得します。一方で、掲示板のわかりやすさや壁のピクトグラムにも着手します。博物館にいた方ですから、図書館としても鬼に金棒です。その手腕は、館内整理日に職員向けに地名の調べ方講座や、ボランティア向け講座などを開催するなど、柳戸氏の専門性がいかんなく発揮され、しっかりと司書のサポートにも役立っています。
博物館は資料を保護する立場ですが、図書館は資料を使う場所。一見相容れぬものに見えますが、図書館は博物館のすそ野を広げてくれる空間だと気づかされたといいます。
補足しておくと、高校図書館と市立図書館との交換展示は、湯川氏が去られた後に、川崎彩子氏が職員と共に立ち上げたそうです。2012年に入庁し二人の館長に仕えた川崎氏は、「お二人とも濃い館長」と評します。色々な意味合いが込められていると思いますが、スタッフが多くの経験を積める貴重な存在であることは確かです。
飯能市立図書館の案内板に刻まれている「図書館見学ツアーをご希望の方は、図書館職員がご案内させていただきます」の一文は、湯川氏が市立図書館を去る前に託した言葉です。「消せないように書かれたから」と苦笑いしながら、柳戸館長が図書館を案内してくれました。飯能市立図書館は、多くのボランティアの方々に支えられ、まさに、「市民に愛され、市民と共に創り続ける図書館」の基本理念は、館長の代が変わっても、脈々と引き継がれていることをお伝えして終わります。