椎葉村と椎葉村図書館「ぶん文Bun」
図書館つれづれ [第95回]
2022年4月

執筆者:ライブラリーコーディネーター
    高野 一枝(たかの かずえ)氏

はじめに

椎葉(しいば)村は、熊本県と宮崎県の県境にある人口約2,500人、面積は東京23区とほぼ同じ、平家の落人伝説や神楽で有名な村です。ダムマニアの間で“閣下”と呼ばれる上椎葉(かみしいば)ダムは、日本最初の大規模な100m級のアーチ式ダムなのだそうです。そんな村に2020年7月、図書館を含む複合施設の椎葉村交流拠点施設「Katerie(かてりえ)」が誕生しました。「かてーり」とは、椎葉の方言で伝統的な助け合いのこと。蕎麦刈りや田植えなど、みんなで協力し合って暮らしを守ってきた素敵な言葉です。今回は、2021年12月に訪れた、椎葉村図書館「ぶん文Bun」と、それを取り巻く椎葉村の紹介です。

椎葉村と地域おこし協力隊のこと

椎葉村がどんなところか一番わかるのは、村役場の駐車場。狭いので、私たちの車も前の車が出られないような形で、縦に詰めて駐車しました。混雑時のギューギュー詰めの鮨詰め駐車から、どうやって車を出すのかというと…駐車するとき、鍵はかけっぱなし。車を出したい人は、他人の車を自分で動かして出すという!いやいや、それってありえないでしょう!平和な椎葉村ならではのシステムを見ることができました。柳田國男が訪れた日本民俗学発祥の地である椎葉村の山間で暮らす様子は、「茅乃舎1893 〜ふるさとの食べごと〜 宮崎県椎葉村・秋(注1)」のYouTubeで見ることができます。

村内に高校はなく人口減少は大きな課題で、2009年度から始まった地域おこし協力隊(以下、協力隊)を積極的に活用しています。2021年2月現在協力隊員9人は、宮崎県下ではトップレベル。着任者は全国から赴任し、卒業後に起業するなどして椎葉に残り、消防団にも入って、定住率はとても高いとか。定住率が高いのは、村からの業務受託支援もありますが、全戸に光ファイバー環境を整備した自治体としてのネット環境はIT関連事業やWebコンテンツ作成などの雇用を創出し、仕事と自然豊かな場所でのゆとりある生活を両立してもらうリモートワークや、仕事をしながら休暇を楽しめるワーケーション誘致の取り組みもあると思われます。

椎葉村交流拠点施設Katerie(注2 以下、Katerie)

Katerieの中核となる椎葉村図書館「ぶん文Bun」のコンセプトキャラクターは日本ミツバチ。日本ミツバチは、気にいってもらえる巣箱を作らないと、巣箱に入ってくれません。そのかわり一度気にいったら、巣箱が同じ場所にあるかぎり戻ってきます。このKaterieで、「何冊もの本や人や知識に出会い、高校を出て村を離れても、いつかこの椎葉に戻ってくる」、子どもたちを椎葉の日本ミツバチに見立てました。居心地の良い館内には、図書館以外にも、交流ラウンジ、キッズスペースに授乳室などがあり、私が特に注目したのは下記の3つ。

1.コインランドリーとシャワールーム

施設を造る事前アンケートで、一番要望が多かったのがコインランドリー。山深い村は日照時間が少ないのです。コインランドリーの出入り口は別にあって24時間使えるようになっています。シャワールームは、観光客や仕事帰りの人、部活帰りの学生なども利用することができます。複合施設のシャワールームはあまり聞きませんが、これらは村の「住」の基地です。

2. ものづくりラボとコワーキングスペース

ものづくりラボは、3Dプリンタ、レーザーカッター、UVプリンタなど最新デジタル機器からアナログな道具まで揃った工房です。「ShopBot」なる九州で3台目、宮崎では初という機械も揃えています。管理する内窪まゆみ氏は、協力隊として赴任後、この「ものづくりラボ」の指定管理者になりました。内窪氏は、椎葉村の新生児の命名板に始まり、1歳〜6歳まで、毎年、村内全ての子どもに、地元木材を使って、1歳はスプーンと小皿、2歳は積み木…のようにプレゼントする仕事を村から委託されています。椎葉の子どもたちの一生の宝物です。こういう“ファブラボ”を図書館や複合館に併設しても、扱える担当者がいなくて実際には機能していないケースが見受けられます。私たちもキーホルダー作成体験をし、椎葉村の「まずは “人”ありき」の政策は凄いなあと思いました。

会員契約制のコワーキングスペースもあります。2020年10月にリモート推進企業とリモートワーク推進に係る連携協定をコーディネートしたのも協力隊OBでした。働く場所を選ばない新しい「技術」の基地です。

3.クッキングラボ

個人や団体で料理を楽しめるスペースです。当日は、協力隊の佐々木拓也氏が、クッキングLabで地元野菜やジビエを使ったお弁当を作ってくれました。普段は松尾地区の調理場で配食をしたりして働いています。元々狩猟文化のある椎葉村の特産を作りたいと、このラボで、ジビエ料理にも熱心に取り組んでいるとか。調理場には、料理の本や、さまざまな趣の器がずらりと並んでいました。お弁当は交流ラウンジでいただきました。椎葉の「食」の基地です。

図書館「ぶん文Bun」

1.クリエイティブ司書の誕生まで

図書館運営を担っている協力隊の小宮山剛氏が、初めて椎葉を訪れたのは2018年のクリスマスの日。肩書の「クリエイティブ司書」は彼が自分でつけたのかと思えば、椎葉村協力隊募集時の名称なんだそうな。開館する1年半前の募集には、図書館司書の資格有無は問わず、応募に必要な資格と言えば自動車免許くらいだったそうです。大学を卒業後、図書館には関係ないガス会社や業界新聞社などを転々とし、5年間のキャリアを積んでの転職組。本は好きだけど、司書という職に対する知識や前情報は持ちあわせていませんでした。彼が着任した時点の設計図には、本棚の種類もカーペットも、図書館の位置づけの構想さえも決まっていない状態でした。

「秘境暮らし司書ライター」と「協力隊」の二足の草鞋を履き、消防団に所属し、椎葉神楽を舞う暮らしに馴染みながら、図書館のあるべき姿を模索しているときに、「図書館と地域を結ぶ協議会」の太田剛氏が提唱する「幕別モデル」に出会います。太田氏らと連絡を取りながら学びを深め、「地域経済の循環モデルとしての図書館」を基本指標に固め、司書資格を取りながら、全国各地の図書館を見学して情報収集しました。そして、多くの公共図書館で使われているNDC分類ではない、椎葉村を表現する独自分類を温めていきました。その道のりにCOVID-19が立ちはだかり、開館準備の応援依頼もできず、開館直前まで返却ボックスができていない(Katerie内の「ものづくりラボ」で作ってもらいました)などハプニングもありましたが、なんとか開館に至りました。

2.図書館「ぶん文Bun」(以下、「ぶん文Bun」)

2階への階段をあがってすぐの「ぶん文Bun」の光景に、「ここは図書館ではない!」と叫ぶ方もいるのではないでしょうか。建物は、地元の設計者が建てたもので、ごくごく普通の四角い建物です。図書館を作ったことがないから、「ぶん文Bun」の中には、閉架書庫も事務室もありませんでした。本棚は立体的箱型本棚「エディットキューブ」が組み合わさってできていて、意味のつながりのテーマに沿って配架されているから、まるで本の森に彷徨った感があります。NDC分類を使わない代わりに、本はカメレオンコードで管理されています。

道しるべは、棚と棚をつなぐブリッジ。例えば、「人類の歩」の本の森では、西洋史と日本史の間をつなぐブリッジに井筒俊彦の全集、「芸術の彩」では西洋美術と東洋美術をつなぐブリッジに岡倉天心の全集を並べています。この旗印の「歩」や「彩」も、「子どもは読めないじゃない!」と突っ込む方もいるでしょう。でもね、小さな子どもでも、自分の名前の漢字は早くに覚えるでしょ。そんなわけで、全てが、固定観念を吹き飛ばしてくれます。屏風のような日本史の棚を一巡すると、日本の歴史がぐるりとわかる仕掛けです。

「公家の世から武士の世へ」
「戦国の世から天下泰平へ」
「将軍の世から天皇の世へ」

のように巡っていきます。

全ての棚がこんな感じで、マンガもその棚に見合った場所に置かれていました。

事務室がないため、司書は「全集の壁」の書架で囲われた場所で作業をしています。そこが又秘密基地のようで面白い。もちろん、「椎葉の風」の旗印には、椎葉村や九州地域に関する本棚の森があります。棚を飛び回るのは、マスコットキャラクターの日本みつばちの「コハチロー」。椎葉を舞台にした映画「しゃぼん玉」主演の林遣都さんのファンの方々が随所にぬいぐるみを作ってくれています。

本の森をもっと楽しめる遊び心も満載です。穴があれば入りたいし、ソファがあれば寝ころびたい、ぶらんこ読書もあり、それぞれの思いの場所でゆったりとすごすことができます。本を紹介するイラストも愉しい。随所にある面出しは、市販のブックエンドをちょっと曲げただけのアイデアもので、つい本を手に取ってみたくなります。案内も自由で独特!もちろん、クリエイティブの司書の棚もありました。

同行した司書の皆さん曰く、「全ての本が『私を手に取って~!』とイキイキと主張している」との感想。明らかに身近な公共図書館の本棚との違いを感じました。棚をあげていけば切りがないのでこの辺で。

小宮氏は2021年暮れに公務員試験に合格し晴れて村の職員になり、2022年には新しい司書採用の追加も見込まれていて、図書館は進化を続けています。

図書館を支える中園本店と観光協会

役場前の中園本店の本業は、パン屋と生活雑貨屋さん。図書館も本屋もない椎葉村の読書文化を守ってきたのは、店内のブックカフェでした。図書館ができた後も、例えば「かいけつゾロリ」のシリーズはこちらに揃っているので図書館には置かないとか、役割分担に気を配っているそうです。ブックカフェは、今でも新刊を仕入れ、本棚の新陳代謝もしっかりして、椎葉村の読書文化の一翼を担っています。ブックカフェが頑張ってくれているから、図書館は思い切ったコレクションを組めるので助かっているとのこと。今も、図書館の雑誌はここから仕入れていて、ここが雑誌の流通を続けてくれていたから、あとに紹介する観光協会を本屋に見立てた本の流通を確保することができました。

観光協会の方には、歴史民俗博物館の見学に始まり、椎葉村神楽保存会会長による御幣づくりでもお世話になりました。椎葉村神楽は26地区で保存・継承されていますが、それぞれが演目も型も違い、御幣も各地区で全く違うのだそうです。十根川重要伝統的建造物群保存地区の十根川フットパス散策の9人乗りのジャンボタクシーの運転をしてくださった高島清行氏は、上椎葉ダム建設に関わっていたお父さんの代からの椎葉移住組です。フットパスでは、地元出身の観光ガイドの方が一緒に村の暮らしを案内してくれ、高島氏は初めて聞いたという情報を熱心にメモしていました。観光協会が仕掛けた、村人も自分の村を自慢できる素敵なシステムでした。

観光協会は、図書館が本を購入する書店の役割を担っていて、本の装備も受けています。高島氏は装備リーダーでもありました。本当は装備の現場を見たかったのですが、「企業秘密」と言われました(笑)。12月は観光協会が一番忙しい時期なので、さすがの私も無理は言えなかったのです。 図書館と中園本店と観光協会。街の中の循環システム、あっぱれでした。

見学を終えて

今回の旅で学んだことは、村そのものも図書館も循環しているということ。村の経済の循環と、生活のサイクルにKaterieや図書館が自然に組み込まれています。

「そのひと手間を惜しまない!」 これからの私たちの生き方へのヒントがいっぱい詰まっていました。

図書館つれづれ

執筆者:ライブラリーコーディネーター
高野 一枝(たかの かずえ)氏

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