2025年7月、大阪府交野市立倉治図書館の和田亜都子さんから「テレビ大阪の番組『大阪43市町村を大調査!誰も知らんキング』で当図書館の移動図書館サービスが取り上げられた」との連絡があり、見逃し配信で視聴しました。ちなみに、移動図書館とは、図書館サービスの空白地域や、施設入所者、入院患者、高齢者など図書館を利用しにくい人へ車に本を載せて届けるサービスです。移動図書館の先駆は、1949年に巡回を開始した千葉県立中央図書館の「訪問図書館ひかり号」。開架式の書架にスピーカーなどが装備され、個人貸出、定期巡回のほかに映画会などの文化活動もしていたのだそうな。
私がシステムに関わっていたころの移動図書館は、POT(ポータブルターミナル)を使いオフラインで本の貸出処理をして、図書館に戻ってから返却処理をしていました。今は山奥でも回線網はほぼつながるから、オンラインサービスになっているのでしょうか? 移動図書館車のキャパシティは、1,000冊~3,000冊前後が多かったけれど、最近は500冊前後を積載する移動図書館車も登場しました。大きさが違えば使われ方も違うはず。今回は、昨今の移動図書館のお話です。
番組によると、大阪府下には移動図書館車が現在23台もあるのだそうな。1950年から1960年前半にかけ、都道府県立図書館が移動図書館を使って図書館建設と全域サービスの市町村の振興普及に努めていました。大阪府下で一番古いのは豊中市で1950年開始だそうです。移動図書館には、固定施設を建設するよりも経費を抑えられる上、利用者に近い場所で資料を貸出できるという利点があります。
しかし、一度に積載できる資料冊数が少ないことや、天候や道路状況などの影響で巡回が予定通り進まないといった問題もあります。番組では第1位から10位までのランキングの中で特に第9位の交野市移動図書館「ブンブン号」の様子を紹介していました。昭和50年に運用を開始し現在6代目。積載冊数は約3,000冊。左右の壁面に本棚があり、車内にも棚があり、雨の日も中で借りられます。棚から落ちないようにぎゅうぎゅうに詰め、傾斜で本が落ちない工夫や重い本を持ち帰りにくい高齢者への配慮など、利用者の利便性を考慮した設計が特徴的です。積める本が限られているため、借りられにくい学術書などは少なく実用書や小説を多く積み込んでいるとのこと。利用者に合わせて効率よく本をピッキングすることも求められます。1カ所30分から1時間程度の滞在ですが、お年寄りからお子さんまで様々な方が本を借りていました。図書館へ行くのが困難な人へ本を届けると同時に、本を通じて知らない世界に触れるきっかけになってほしいと、和田さんが語っていました。番組では、岸和田市での学校の巡回に特化した例や、枚方市の小型車に直接ブックトラックを積んで子育て支援施設で子どもたちが自由に本を読む光景なども紹介され、以前お世話になった市のカラフルな移動図書館を懐かしく拝見しました。
十文字学園女子大学の石川敬史教授は移動図書館研究の第一人者。2025年3月、日本図書館協会から編著『移動図書館の「いま」―全国異動図書案実態調査2022』を発行しました。
千葉県佐倉市の移動図書館は、2025年4月から軽自動車になり、積載冊数は約3,000冊から約600冊と少なくなりました。積載量が変われば図書館サービスも変わります。石川先生より、今後の移動図書館サービスの展開について何かヒントをいただければと、佐倉市立図書館の小廣早苗さんの訪問に同行させていただきました。
『全国移動図書館実態調査2022』によると、移動図書館の台数のピークは1997年。1990年後半から2000年にかけて台数減少が起きた背景には、自動車排気ガス規制の強化により車両を更新できずに廃止せざるを得なかった事情がありました。私も当時の状況を目にしています。再び脚光を浴びたのは、東日本大震災(2011年3月)発生後の被災地支援活動「走れ東北!移動図書館へプロジェクト」(シャンティ国際ボランティア)がきっかけでした。この活動は、鎌倉幸子氏によって『走れ!移動図書館—本でよりそう復興支援』(ちくまプリマ―新書)として書籍化され、移動図書館が再評価されることになりました。
私がこれまで知っていた株式会社林田製作所の移動図書館車は、車体も大きく車内書架も可能ですが、高額な上、運転手の確保も容易ではありません。2022年度から図書館流通センターが軽自動車の移動図書館車LiBOONの販売を開始しました。普通自動車運転免許さえあれば誰でも運転可能で、小回りが利く上、駐車スペースの確保も比較的容易です。一方、本の収載数は約500冊、自動車を支えるシャーシーの耐久性や乗車定員は2名などの制約もあります。とはいえ、移動図書館に必要な基本機能を標準装備し、用意された車体デザイン(ラッピング)だと納期も早く経費も安くなるし維持費もコストダウンします。移動販売用車両の軽トラックが原型で、物品棚のため棚から本を取り出すときの不便さや雨対策や耐積載重量の問題があるとはいえ、導入しやすい提案システムになっているようです。
移動図書館の定期的な巡回の意味するものは、「地域内における図書館ネットワークの『水道の蛇口』」という表現が気になりました。巡回先や周期などは個々の地域の歴史や文化、人口構成、生活導線などの特徴を背景に独自に形成された方法で、自治体が定期巡回をやっているからこそ意味があるとのこと。移動図書館車につけられる「やまびこ」「ひまわり」などの愛称や巡回するときの音楽にもその土地固有の想いが詰まっています。愛称や歌詞、曲やラッピングの公募は、住民を巻き込んで移動図書館を運営していく意図も含んでいるとのことでした。
コロナ禍で図書館が閉館していても移動図書館は中止せずに巡回した報告に、巡回先の調整や巡回の可能性を探る姿が浮かびました。オンライン貸出が少ないのも意外でした。巡回先での従来の「貸出」、「返却」、「予約・リクエストサービス」のほかに、移動図書館の目的の3つのキーワードを織り交ぜながら、これからの可能性も見出す例を掲げてみます。
図書館サービスが及んでいない遠隔地へのサービス。小さい移動図書館車だからこその連携を考える。例えば、コンビニやドラッグストア、移動スーパーなどとの連携で利用者の利便性を図る。
高齢者や福祉施設などへのサービス。例えば、老人施設に行くなら歴史資料の積載などのメニューを用意しておき、データを使ってピッキングする。
地域のお祭りや子どもを対象とした行事への出張など、多くの団体や機関との協力関係や信頼関係を積み重ねるつながりを大切にする。
これらのサービスは、まずは現場を知ることが大事。全てはマーケティングから始まります。石川先生は、移動図書館を調査研究するために、「移動」と名のつく車(移動販売車、移動レントゲン車、移動水族館、JA銀行の移動窓口車、移動プラネタリウムetc.)を訪問し、取材を行いました。そこで、それぞれの共通点や違いを見出してきました。共通点は人口減少で建物の維持ができなくなったこと。それでも必要な人に必要なサービスを届ける工夫が「移動XX」でした。石川先生の話は飽くことがなく、移動図書館の情報や統計を取っているだけでなく研究者の探求心の凄さを感じました。
昨今の暑さや雨対策で天候基準を設ける図書館もでてきているとか。名古屋市は8月の巡回をやめたそうです。社会環境も自然環境も変わっていく中、最近の事例を2つ紹介します。
図書館サービスとデジタル支援を掛け合わせたこの活動は、町民一人ひとりの「知る権利」や「つながる力」を支える、新しい地域公共サービスのかたちです。図書館だけではない、情報推進課との連携の取り組みという位置づけでしょうか。縦割行政の中では、絶対に思いつかない方向性だと思います。四万十町役場情報推進対策監の坂本仁氏の報告です。
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四万十町では、町のDX推進のためにはスマホの活用が欠かせないと考えています。特に高齢化率が高い四万十町では、高齢者をはじめとする“デジタルデバイド(情報格差)”の解消が重要な課題です。現在、町内には44名のスマホサポーターが活動していますが、面積が高知県内で最も広い四万十町では、町の中心地以外(中山間地域)でのサポートが行き届きにくい問題がありました。 そこで、町内24カ所を定期巡回している「移動図書館(軽ハコバン)」に注目しました。図書館職員さんにもご理解いただき、ほとんどの職員にスマホサポーターになっていただき、本の貸出業務の空き時間、巡回先でスマホ相談にも対応できるようになりました。さらに、2023年度「図書館システム再構築」を行い、スマホなどからのWeb図書予約が可能になりました。移動図書館でのスマホサポートの場で、予約方法を直接ご案内することで、より多くの方に本をスムーズに借りていただけるようになっています。 「移動図書館×スマホサポート」は、四万十町ならではの地域密着型DX。これからも中山間地域の皆さんを含め、町全体でデジタル活用を広げていきます! 詳細はこちら |
「まちにち計画」は、旭川平和通買物公園の未来ビジョンを掲げ、買物公園エリアプラットフォームと旭川市が実施する社会実験です。2025年8月9日のオープニングを飾ったのは、移動図書館車でした。買物公園に移動図書館車が出現し、図書の貸出のほか、電子図書館体験やカードの新規発行を実施。絵本の読み聞かせも行いました。まさに未来のプロモーションスタイルです。
旭川市中央図書館(2025年8月9日掲載)
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まちにち計画
https://machinichi.asahikawa.info/
移動図書館は特定の人にしか使われていないコストの高いサービスとの評価もあります。実態調査の最後は、「移動図書館とは、流行に迎合し、消費者に浸透するのではなく、地域社会と時間を共有して、自治や共同を育み信頼関係を構築していくこと」と、結んでいました。
査閲をお願いした和田さんからのメールを最後に紹介します。
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最近は障がい者の方や子育て世代の方向けに車いす・ベビーカー用リフトを装備する移動図書館車も多いです。補助金も福祉に焦点を当てないと採択されにくい状況です。また、交野市でも病院や高齢者施設への巡回を検討したことがありましたが、相手先から断られます。資料の貸借はこちらが思う以上に責任が重いようです。移動図書館でのオンラインサービスは、どうしてもWi-Fiが通らず断念しました。 本市でも蔵書検索や操作説明ができるよう、移動図書館車にスマホも積んで、職員が利用者の方と一緒に操作します。職員と利用者の信頼関係の近さ故、細やかにできるサービスです。 石川先生の話からアウトリーチサービスやプロモーションとして、ブンブン号も頑張ってるやん! と思いました。交野市のブンブン号は、夏季は図書館が繁忙期にあたるので、点検も兼ねて巡回を運休しています。それを利用して、市内こども園の巡回を行っています。熱中症警戒アラートの指数で外での保育ができない園ではたいへん喜ばれています。アトラクションの要素もあり、そこで初めて「図書館」に触れる園児も多いからです。毎年巡回時に「お金払わなくていいの?」と先生に聞く小さな子が数人います。サービスを開始して今年で10年がたち、やっと定着したようで、園でも快く迎えてくださるようになりました。秋にはマルシェに参加し、ボランティアグループの青空おはなし会と共に、皆さんに喜んでいただける機会になります。本離れ、図書館離れといわれるなら、人がいるところにターゲットを絞って行ってやろうという企みです。その意味で移動図書館車はちょうどよいアイコンなのかもしれません。楽しく効率的に本を手に取っていただける機会なので貴重です。先日、御礼も兼ねてステーションを巡回してきました。皆さん、テレビ番組の話でもちきり。取材や放映の様子をみて楽しかったそうです。市民さんと盛り上がれるなんて、いい仕事だなあとつくづくうれしく思いました。 |